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東京高等裁判所 平成8年(ネ)4256号 判決 1997年1月23日

主文

一  原判決を取り消す。

二  本件を東京地方裁判所に差し戻す。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  (主位的請求及び予備的請求の一)

(一) 原判決を取り消す。

(二) 被控訴人は、控訴人に対し、金二億九八三〇万円及びこれに対する平成三年三月六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

(三) 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

(四) 仮執行宣言

2  (予備的請求の二)

(一) 原判決を取り消す。

(二) 被控訴人は、控訴人に対し、金二億六七三〇万円及びこれに対する平成三年一二月六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

(三) 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

(四) 仮執行宣言

二  控訴の趣旨に対する答弁

第二  当事者の主張

当事者の主張は、次に付加するほか、原判決中「事実」第二の一ないし六記載のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人の主張

1  控訴人は、前件訴訟(福岡地方裁判所平成三年(ワ)第二四二二号契約金請求反訴事件、福岡高等裁判所平成六年(ネ)第五五四号同控訴事件)において一部請求であることを明示し、敗訴判決を受けたものであるが、一個の債権の数量的な一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴えが提起された場合には、訴訟物になるのは、右債権の一部の存否のみであって、右債権の全部の存否ではないから、右一部の請求についての確定判決の既判力は残部の請求には及ばないと解するのが確定した判例であり、これと異なる原判決は、取り消されるべきである。この確定した判例は、前訴の判決が原告勝訴の判決であったか、原告敗訴の判決であったかを問わず、原告敗訴の場合においては、その判決が請求権自体の存在自体を否定したか、債権額を否定したかを問わずに妥当するものである。

2  債権の一部請求であることを明示して提起された訴訟の判決が残部の請求につき既判力を有すると解することは、請求されていない債権全部を訴訟物とすることになり、理論的に問題があるだけでなく、国民の基本的人権である裁判を受ける権利が訴訟経済といった経済的理由によって実際上侵害されることを容認することになり、行き過ぎである。

3  債権の一部請求であることを明示して提起された訴訟につき判決がされた場合、残部の請求をすることによって弊害が生じることがあるとしても、それは、残部の請求を不当に細分化して提起するとか、前訴確定後不当に長期間経過した後に提起する等の信義則に違反する場合に限って後訴の提起を制限すれば足りるものである。本件においては、控訴人は、前件控訴の提起に当たって一部請求であることを明示しており、前件訴訟の確定後わずか三か月以内に残部の請求につき本件訴訟を提起したものである上、本件訴訟の請求原因は、予備的請求については、前件訴訟の請求原因と異なるものであるから、信義則に違反するものではない。

4  控訴人が本件訴訟で請求しているのは、前件訴訟で敗訴した請求の残部の請求である報酬金二億九八三〇万円の支払いを求める部分もあるが、請求原因が異なる契約の解除を前提とする原状回復請求としての不当利得返還請求もあり、これが前件訴訟の請求と訴訟物が異なることは明らかであるから、いずれにせよ、本件訴訟において訴えを却下すべき根拠はない。

二  被控訴人の主張

1  本件は、控訴人が指摘する判例とは事案が異なるものである。

2  控訴人が本件控訴で予備的請求としているものは、前件訴訟における請求と実質的には同じものであり、前件訴訟において請求権全体につき審理が尽くされた上で請求権全体が存在しないとの判断が確定しているから、訴訟手続上の信義則又は公平の見地からみれば、本件訴訟は不適法であり、そのことによって控訴人が主張する不都合は生じない。

3  債権の一部請求であることを明示して提起された訴訟の判決の後、前訴の裁判官と別の裁判官によって異なる判断がされることを期待して残部の請求による訴訟の提起を認めるとすれば、再審事由が存在しないにもかかわらず、実質的には再審を認めるのと同様のこととなるから、不合理である。

4  債権の一部請求であることを明示して提起された訴訟において、一部請求を棄却する判決が請求権全体が存在しないという判断の下にされたものである場合にも、後訴において残部の請求を認めるとすれば、残部の請求をさらに分割して何度も前訴の蒸し返しをすることができるから、妥当ではない。この場合、三度の訴訟の提起が認められ、四度の訴訟の提起が許されないといった場合、その基準は明確ではない。現代社会における社会の変化を踏まえれば、本件訴訟については訴えを却下することが社会の常識に合致するものである。

第三  証拠関係(省略)

第四  当裁判所の判断

一  被控訴人の本案前の主張について検討するに、甲第五四号証、乙第一ないし第三号証及び弁論の全趣旨によれば、原判決中「理由」一の1ないし6の事実のほか、次の事実が認められる。

1  控訴人が本件訴訟において請求するところは、主位的に本件報酬支払合意に基づき、予備的に商法五一二条の規定に基づき、前件訴訟において敗訴した報酬金請求分を除く相当報酬額二億九八三〇万円の支払いを請求するというものであり(予備的請求の一である。前件訴訟と比較すると、主位的請求、予備的請求の順序が逆になっている)、また、新たに、予備的に、本件買収業務及び本件市街化区域編入業務の業務委託契約につき、被控訴人が控訴人の債務不履行を理由として解除したため、控訴人が相当な報酬額請求権を喪失し、被控訴人が本件土地の交換価値の増加という利得を得たとして、相当な報酬額の一部につき不当利得の返還を請求するというものである(予備的請求の二である)。

2  控訴人は、前件訴訟の控訴審判決が確定した平成七年一〇月一三日から約三か月を経過した平成八年一月一一日、原審裁判所に本件訴訟を提起した。

原判決認定の事実及び右認定の事実によれば、控訴人は、前件訴訟において前記の各報酬請求権に基づく請求の一部であることを明示して、本件訴訟における主位的請求、予備的請求の一の各請求の一部につき訴訟を提起し、その請求につきいずれも請求棄却の判決を受け、右判決は確定したこと、控訴人は、右判決の確定の約三か月後に、本件訴訟を提起し、前件訴訟における請求の残部につき、主位的請求、予備的請求の一として請求していること、控訴人は、また、予備的請求の二として、請求の基礎となる事実関係が基本的には同じであるものの、前件訴訟における主位的請求、予備的請求と異なる請求をしていることが認められるところである。

二  ところで、特定の金銭債権を有すると主張する者が、右金銭債権の数量的な一部についてのみ判決を求める旨を明示して、訴訟を提起した場合、訴訟物となるのは、右金銭債権の一部の存否のみであり、その全部の存否ではないから、右判決が確定した場合における既判力は、右金銭債権の訴訟上請求されなかった残部の存否には及ばないと解するのが相当である。これを本件についてみると、前記認定のとおり、控訴人は、前件訴訟において前記の各報酬請求権に基づく一部の請求であることを明示し、敗訴判決を受けた後、本件訴訟において、右の各報酬請求権に基づくものではあるものの、前件訴訟で請求されなかった残部の請求をしているものであるから、控訴人が本件訴訟において主位的請求、予備的請求の一として請求するところは、前件訴訟の確定判決の既判力が及ばないものと解するのが相当である。この理は、特定の金銭債権につき、その一部を行使するか、全部を行使するかは、本来、実体法上、債権者の自由に委ねられるべき事柄であり、その実体法上の権利の確定等を図ることを目的とする民事訴訟においても当然の事理であるということができるから、金銭債権の一部と残部が損害項目、履行期等によって特定することができるかどうかを問わず、金銭債権に基づく各種の請求に妥当するものである。

もっとも、このように解すると、金銭債権の債務者は、債権者が金銭債権の自由な分割行使によって繰り返し債権を行使することができるから、何度となく応訴を余儀なくされる等の弊害の生じるおそれがないではないが、このような弊害は、後訴が実質的に前訴の蒸し返しであり、前訴において後訴の請求をすることにつき格別の支障がない等の特段の事情が認められる場合において、訴訟上の信義則に照らして後訴の提起が許されないことがあると解されるから、このような信義則を適用することによって解決することが妥当であり、またそれで足りるものである。

また、前記認定の事実によると、控訴人が本件訴訟において予備的請求の二として請求するところは、前件訴訟における訴訟物と異なるものであることは明らかである。

そうすると、本件訴訟における控訴人の主位的請求、予備的請求の一、あるいは予備的請求の二が前件訴訟の確定判決の既判力に抵触する旨の被控訴人の主張は、採用することができない。

三  次に、被控訴人は、本件訴訟が前件訴訟の蒸し返しであり、本件訴訟の提起は信義則に照らして許されない旨を主張する。確かに、本件訴訟における主位的請求、予備的請求の一が前件訴訟の請求と同一であり、一部の請求と残部の請求の関係にあることは前記認定のとおりであるが、さらに本件訴訟が前件訴訟の蒸し返しであり、控訴人による本件訴訟の提起が信義則に反するとの特段の事情を認めるに足りる的確な証拠はないし、本件訴訟における予備的請求の二が前件訴訟における各請求と訴訟物を異にする請求であることは前記認定のとおりであるから、いずれにせよ、被控訴人の右主張も採用することができない。

被控訴人は、また、債権の一部請求であることを明示して提起された訴訟の判決の後、前訴の裁判官と別の裁判官によって異なる判断がされることを期待して残部の請求による訴訟の提起を認めるとすれば、再審事由が存在しないにもかかわらず、実質的には再審を認めるのと同様のこととなるから、不合理である旨を主張するが、特定の金銭債権を有すると主張する者が、右金銭債権の数量的な一部についてのみ判決を求める旨を明示して、訴訟を提起した場合、右金銭債権の一部の存否についてのみ既判力を認めることは、再審事由の問題と何ら関係しないのみならず、後訴において残部の請求につき受訴裁判所が審理し、判決をすることが実質的にも再審に当たるということはできないから、被控訴人の右主張も採用することができない。

被控訴人は、さらに、後訴において債権の残部の請求を認めるとすれば、残部の請求をさらに分割して何度も前訴を蒸し返すことができ、現代社会における社会の変化を踏まえれば、実質的に前件訴訟の蒸し返しである本件訴訟については訴えを却下することが社会の常識に合致するものである旨を主張する。しかし、同一の金銭債権につき分割してその一部の債権に基づき訴訟を提起したり、訴訟を蒸し返すことによる弊害は、前記説示のとおり、信義則に照らして制限すれば足りるものであるし、社会の変化に応じて裁判を適正に運用すべきことは当然で基本的な要請であるものの、本件において、右の要請は、本件訴訟の適法性の問題とは関係がないというべきであるから、被控訴人の右主張も採用することができない。

四  以上のとおり、本件訴訟における主位的請求、予備的請求の一、二は、前件訴訟の確定判決の既判力が及ばない請求であるし、信義則上これらを不適法とすべき特段の事情も認められないから、本件訴訟における各請求は、適法なものというべきであり、これと結論を異にする原判決は取消しを免れないというべきである。

第五  結論

よって、控訴人の本件訴えを不適法として却下した原判決は、これを取り消すべきであり、本件控訴は理由があるから、民訴法三八八条に基づき本件を東京地方裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり判決する。

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